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天の原/三笠 安倍仲麿

1 通釈

天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも

→大空を振り仰いではるか遠くを眺めると、月が美しく登っていて、その月は春日にある三笠の山に登ったあの月のかがやきと同じなのだなあ。

2 唐への留学が人生を決定してしまった

安倍仲麿(あべのなかまろ)は698年生まれで770年(73歳)に没。16歳で勉学を認められて、長安に留学を許されます。

遣唐使として選ばれた人たちは、奈良の春日大社で出発前に旅の無事を祈ったそうです。

春日大社といえば朱色の神殿で、鹿がたくさんいる印象深いお社ですね。

その上空に真ん丸なお月様。明るくやさしく仲麿たちを照らしているという画がうかんできます。

この歌は、仲麿が唐の玄宗皇帝に30年お仕えしてようやく日本へ帰国することができるということになり、別れの宴で詠んだといわれる歌です。

30年も海外で過ごすということ、日本と唐の懸け橋として違う国で生きていくこと、容易なことではなかったでしょう。

これから帰る日本、どんなふうになっていることだろう。あの山は、あの月は今も変わらずわたしを迎えてくれるだろうか。いろいろな望郷の気持ちがあふれてきます。

そうして船に乗り込み帰路へ着くのですが、仲麿は暴風にあってしまい、ベトナムへ流されてしまうのです。

命からがら生き延びて、唐へもどり、日本へは二度と戻ることはありませんでした。

3 三字決まり 天の/三笠

物語を知っていればおのずと覚えられますが、あまの→海女のみかさちゃんという女の子をイメージして。

「あ」で始まるうたで、「天」がつくのは他に12番目の「天つ風~」僧正遍昭(そうじょうへんじょう)のうたhttps://hyakuninnouta.com/2020/09/11/%e5%a4%a9%e3%81%a4%e9%a2%a8-%e3%82%92%e3%81%a8%e3%82%81%e3%81%ae%e3%80%80%e5%83%a7%e6%ad%a3%e9%81%8d%e6%98%ad/があります。

4 覚え方

あまのみかさちゃん

かささぎの/白 中納言家持

1 通釈 

かささぎの渡せる橋に置く霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける

→かささぎがかけ渡したという天の川の橋にたとえられる宮中の御はしに降りている霜が白くなっているのを見ると、夜もすっかり更けてしまったのだなあ。

2 「万葉集」編さんに務めた

天の川と言えば、夏の夜空を思い浮かべるでしょう。織姫と彦星の一年に一度だけ出会うことを許された七夕の出来事です。

天の川にかささぎが翼を広げて二人の橋渡しになってくれるのです。なんてロマンティック!

わたしの小さい時の記憶なのですが、このお話をアニメーションで見た覚えがありまして、確かかささぎは白かった、、、、ような気がしていたんです。

今回、かささぎを画像検索しましたところ、

「なんか、カラスっぽい?」

黒地に白のわりと小さめの鳥が出てきました。

なんとなくイメージが違ったのですが、こちらが本来のかささぎということで自分を納得させました。

作者の中納言家持(ちゅうなごんやかもち)は大伴家持(おおとものやかもち)と言いまして、718年生まれ、785年67歳で亡くなりました。

万葉集の約一割の数の歌を家持が書いていることから、編さんにかかわっていたのでは?と言われています。

家持は三十六歌仙の一人です。

宮中の御はし→宮中の階段のこと

この歌は冬の歌とされています。霜が降りる時間は季節や温度などで違いますが、だいたい夜明け前。もうまもなく太陽が出てくる、といった時間に、宮中の想い人がいる方角を見て、歌ったのではないでしょうか。

どんな夜を過ごしていたのかは想像のうちにしかありませんが、夜明け前に別れを惜しんでいるという感じがしています。

冬の夜はなんといっても長いですよね。それをもう更けてしまったのだなあ、なんて言っているんです、恋の歌としても良かったのでは?と思ってしまいます。

3 2字決まり かさ/白

背景は天の川のきらきら星。

「か」で始まるうたで、「かさ」はこのうただけです。

4 覚え方

しろきかさ

奥山に/声聞く 猿丸太夫

1 通釈

奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき

→人里はなれた深い山に、あたり一面散り敷いたもみじを踏み分けて鳴く鹿の声を聞く時 その時こそ秋は悲しい季節だと感じられます

2 まさに謎の歌人

作者の猿丸太夫(さるまるだゆう)は生没年不詳で、そのうえ存在していたかも不明という謎の人物です。男性であることくらいが知られている情報です。

そんな彼は三十六歌仙のひとりとして数えられています。

この歌のもみぢは、赤いかえでのもみじではなく、中秋のころの黄色い萩(はぎ)の葉っぱであるとされています。

萩は古来から日本人のこころに根付く植物で、万葉集では一番多く詠まれています。

必ずと言っていいほど、雄鹿とのペアになっています。

雄鹿は、生後1、2年で群れから独立して雄だけの群れで行動するようになります。秋になると、雌鹿を求めて雄鹿どうしで争い、強い鹿だけが繁殖活動できるのです。その時に雌鹿を呼ぶ声が、人の注意をひくような声なのです。

そういった情景から、猿丸太夫は秋のもの悲しさと、人恋しさを歌にたくしたのでしょう。

黄色い林の中を、一頭の雄鹿が雌鹿をさがして鳴いている。まるで自分のように。

3 2字決まり おく/こえ

「お」で始まるうたで「おく」はこのうただけです。

4 覚え方

こえは おくやま

田子の浦/富士 山部赤人

1 通釈

田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ

→田子の浦に出て(まわりを)見渡すと、真っ白だった富士の高い嶺に、さらに雪は降り積もっている

2 旅好きの宮廷歌人

作者の山部赤人(やまべのあかひと)は、柿本人麻呂と同様に生没年不詳で、三十六歌仙の一人でもあります。

奈良時代に活躍し、身分が低かったため、正史の記録がありません。

作られた歌の内容から、諸国を旅していたようです。

その彼が、田子の浦(今の静岡県の由比、蒲原あたり)にさしかかったところ、雄大な富士山の真っ白ないただきを目にして心うたれたのです。

お天気までは書かれていませんが、きっと良い天気で、富士山の山頂がくっきり見えていたのだと思います。

真っ青な空と、真っ白ないただき。

赤人の目に刺さるコントラストだったのでしょう。

3 二字決まり たご/ふじ

「た」で始まるうたで、「たご」はこのうただけです。

4 覚え方

ふじの たごさく

     

あしびきの/長々し 柿本人麻呂

1 通釈

あしびきの 山鳥の尾のしだり尾の 長々し夜を独りかも寝む

→山鳥の長くたれ下がった尾のように長い長い夜を私もただ独りさびしく寝るのかなあ。

2 「和歌」と言えばこの人

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)は万葉第二期の宮廷歌人。出生、没年不明。謎多き和歌史上最大の歌い人と言われます。

人麿、人丸とも呼ばれていました。

和歌の名人の36人撰「三十六歌仙」のうちの一人です。

とにかく歌がたくさん残っており、有名人であったはずなのに、生没年不詳。

身分が低かったため、正史(次の時代の人が記した歴史書)に名前が書かれていないようです。

ヤマドリ

→日本固有のキジ科の鳥です。

昼は雌雄一緒にいるのに、夜は谷をへだてて一羽ずつ眠るという言い伝えがありました。

18枚ある尾の羽のうちの2枚が長く、それがしだり尾と言われました。

こちらの鳥も、魔物退治のときの必殺の武器に使われたりしている伝説をもつ鳥です。

人麻呂ならず、古来の人々はこの言い伝えに感化されていたようですね。

人の恋愛にその言い伝えを重ねて歌に当てはめたのです。

昼間二人で楽しく過ごしてあっという間の時間が、夜になると一人になり、すごく寂しく感じてしまう。この一人の時間は長いながい山鳥の尾のようです。

男性の気持ちで歌ったものか、女性の気持ちで歌ったものか、どちらなのかは不明ですが、

寂しいなあ!という想いは共通なのですよね。

3 三十六歌仙とはなんでしょう

藤原公任(ふじわらのきんとう)が選んだ和歌の名人36人をこのように言います。

そのメンバーは

柿本人麻呂、山部赤人、大伴家持、猿丸太夫、僧正遍照、在原業平、小野小町、藤原兼輔、紀貫之、凡河内躬恒、紀友則、壬生忠岑、伊勢、藤原興風、藤原敏行、源公忠、源宗于、素性法師、大中臣頼基、坂上是則、源重之、藤原朝忠、藤原敦忠、藤原元真、源信明、斎宮女御、藤原清正、藤原高光、小大君、中務、藤原仲文、清原元輔、大中臣能宣、源順、壬生忠見、平兼盛。

百人一首には上記の方々が多く撰歌されています。

4 2字決まり

あし/なが

「あ」で始まるうたのなかで、「あし」はこのうただけです。

5 覚え方

ながながしい あし

参考文献 三省堂 新明解古典シリーズ 百人一首/コーエーテクモゲームス 暗記しないでうまくなる百人一首(田口貴志)