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吹くからに/むべ 文屋康秀

1 通釈

吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ

→吹き下ろすとたちまち秋の草木がたわんでうなだれてしまうので、なるほどそれで、山から吹き下ろす風を荒々しい嵐と言うのでしょう

2 小野小町のうわさの男

作者の文屋康秀(ふんやのやすひで)は生没年がわかっていません。

六歌仙、三十六歌仙のの一人で小野小町と縁があったようです。康秀が三河に三等官として赴任したときに、「三河に来ないか?」というような便りを出すと、小町は「お誘いがあればどこへでも行くわ」という内容の歌を返したといいます。

そのくらいの返事ですから、恋人同士だったのかもしれませんね。

このうたは、ぱっと読むと漢字の覚え方?のような印象を受けました。

山の下に風が吹く→嵐 のように。

このような言葉の遊びは平安時代の流行にもなっていたようです。

木ごと(毎)に花→梅 とかね。

なんだか楽しいですよね。なぞなぞみたいです。

3 一字決まり ふ/む

「む」「す」「め」「ふ」「さ」「ほ」「せ」の一字決まりの「ふ」です。

「ふ」とくれば「むべ山」!

4 覚え方

あらし ふくから

今来むと/有明の 素性法師

1 通釈

今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな

→今すぐ行くよ、とあなたが言ったばかりに(それを信じてあなたの訪れを今か今かと待っているうちに)9月の有明の月と逢ってしまうことになるなんて。

2 親子で天皇に仕えた

作者の素性法師(そせいほうし)は12番目の歌、「天つ風~」https://hyakuninnouta.com/2020/09/11/%e5%a4%a9%e3%81%a4%e9%a2%a8-%e3%82%92%e3%81%a8%e3%82%81%e3%81%ae%e3%80%80%e5%83%a7%e6%ad%a3%e9%81%8d%e6%98%ad/

の僧正遍昭(そうじょうへんじょう)の息子で、生没年はわかっていません。

出家前の名前は、良岑玄利(よしみねのはるとし)。三十六歌仙の一人です。

若いころは宮廷に仕えていましたが、父が僧ということで出家して同じ道を歩むことになりました。

この歌は、旦那様を待っている女性の立場で詠まれています。

結婚の約束を取り付けるまで、男性は必死に足しげくまめまめしく女性のもとに通うのですが、いざ、夫婦となると男性は余裕をもってしまうのか、通う回数が週に一度、月に一度、というふうになってしまうらしいのです。

その待つ側の女性の気持ちはどんなものでしょう。

今から行くよ!って言ったのに、なかなかこないわ。何かあったのかしら。でもきっといらっしゃるにきまっているわ。あんなに熱烈にプロポーズしてくれたのだから。

現代なら、スマホでラインで今どこ?とかすぐ確認できちゃいますけどね。

平安時代の女子は待つことができる器が大きかったのかもしれませんね。

3 三字決まり いまこ/ありあけ

「い」から始まるうたで、「今」がつくのは他に63番目のうた「今は~」があります。こちらのうたは月がかたむいているイメージと、女性のうつむいているイメージを持つといいと思います。

4 覚え方

ありあけ いまこ

ありあけのつきはいま(ど)こ?

わびぬれば/みを 元良親王

1 通釈

わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ

→(あなたとのことが知れ渡ってしまい、お逢いすることができなくなって)恋しい思いでいっぱいなので、今となってはもう身を滅ぼしたのも同じです。それならいっそのこと、難波潟にある澪標(みおつくし)という名前のように、この身を滅ぼしてもあなたにお逢いしようと思っています。

2 陽成天皇の皇子はプレイボーイ?

作者の元良親王(もとよししんのう)は890年生まれで943年に53歳で亡くなりました。陽成天皇(ようぜいてんのう)の第一皇子で、伊勢が女性のモテモテNO1だとすれば、元良親王は男性のNO1でした。

いろいろな女性と恋愛をしてその女性たちのために贈るうたを残しています。

その親王が京極御息所(きょうごくのみやすどころ)におもいを寄せていて、その御息所が天皇のお后だったという、大問題。

好きになってはいけない!と思えば、好きになる加速がついてしまう。意識しないようにしようと、意識する。そういうものですよね、恋愛というものは。

黙っていればわからない、というレベルを過ぎてしまって、黙っていてもわかる、になったのかもしれません。

自分が捕らえられても、自分がどうなっても、あなたをお慕いしていますよ!という、ちょっと強引な感じの表現になりました。

3 二字決まり わび/みを

「わ」から始まるうたで、「わび」はこのうただけです。

4 覚え方

みをつくして わびる

難波潟/逢はで 伊勢

1 通釈

難波潟短き葦の節の間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや

→難波潟。そこに生えている葦(あし)の節と節の短い間のようなわずかな時間でも、あなたに逢わずにこの世を過ごしてしまえというのですか。

2 恋は人生を変える

作者の伊勢(いせ)は、生没年がはっきりわかっていません。父である藤原継影(ふじわらのつぐかげ)が伊勢守(いせのかみ)であったので、その娘で伊勢と呼ばれていたそうです。

平安時代の美人の一人に数えられるほど、伊勢はすてきな女性だったようです。

当時の美人の条件は、「うる艶長髪ひき目かぎ鼻ぽっちゃりさん」

長いつやのある髪と、一重の目。つんとした鼻と、ほっぺがぷっくりしたおちょぼ口。

今の美人さんの条件とはかけ離れています。

もちろん、性格が良いということも大事な条件で、おしとやかで出しゃばらないこと、教養にあふれてそれを持ち出さないこと。

こんな条件、無理がありますよね。

誰しもそんな条件に近づきたいに決まっています。

ラッキーなことに、当時は女性が顔を見せることはほぼありませんでした。

御簾(みす)というすだれのようなものでしきりがあったからです。

男性は求婚して初めて女性の顔を見ることができた、なんていうのが普通でした。

伊勢は宇多天皇の中宮(天皇にお仕えする、皇后、の次に位が高い身分の女官)の温子(おんし・藤原温子)に仕えていて、温子の兄と恋愛していたのですが、宇多天皇も伊勢を大事に思うようになり、温子の兄は身をひいて天皇と結婚、皇子を生みます。

その後、その皇子の異母兄弟である敦慶(あつよし)親王とも結婚、子供が生まれます。

平安時代は法律などありませんでしたので、親子でこんなことになるのも普通でした。

どうしても今のものさしで判断してしまいますが、それだけ伊勢が魅力的だったということなのでしょう。

この経緯が、源氏物語の紫の上と光源氏のお話のベースになっていると言われています。

このうたでも伊勢は恋する気持ちを情熱的に詠んでいます。

誰にあてて詠んだものかは、わかっていません。

3 四字決まり なにはが/あは

「な」で始まるうたで「なには」まで一緒のうたが88番目の「なにはえ」の、「難波江の芦/みをつくしてや」のうたになります。

難波の二枚と覚えましょう。

4 覚え方

なにはが あわてる

住の江の/夢 藤原敏行朝臣

1 通釈

住の江の岸に寄る波よるさえや 夢の通ひ路人目よくらむ

→住の江の岸に打ち寄せる波の、その「よる」という言葉ではないが、(昼間だけでなく)夜までも夢の中の道でさえも人目を避けているのかしら。

2 達筆は空海と並ぶ

作者の藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)は生没年がはっきりわかっていません。三十六歌仙の一人であり、書道にも優れた人でした。

京都にある神護寺(じんごじ)の鐘銘(しょうめい)は彼の書いたものとして今も保管されています。画像で見ることができますので、こちらへリンクしておきます。京都大学・京都大学貴重資料デジタルアーカイブ・https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00013926

古来から「夢」を見ることはとても神秘的なものでした。

一富士二鷹三茄子(いちふじにたかさんなすび)という言葉があるように、夢で見たものに対して未来を占う「夢合わせ」というものがありました。

また、眠っているあいだに体から魂が抜けだして不思議な体験をするのが、夢を見ることであるという信仰もありました。

現代でも眠りに対する研究は未知の部分が多いのです。

そういう未知の部分に、恋愛などのこころの動きが連動しているのでは?と考えても不思議ではありませんよね。

このうたにある、夢の通い路もその不思議のひとつです。

夢の中では会いたい人への道が開かれると考えられていたようです。

それほどまでに恋こがれる相手が、思いを告げてはいけない相手だとしたら、それはつらいでしょうね。じりじりする思いで姿ばかり目は追いかけてしまうという、、、

逆に思われている相手側の気持ちはどうなんでしょう。大嫌いだったら態度で示すことができるでしょうけれど。少なからず気持ちがあるならば、相手に希望を持たせてしまいますよね。

このころの結婚のかたちは、男性が女性に求婚を申し入れるまで、女性は強気。

求婚をうけて一度でも一緒に一夜を過ごしてしまえば、結婚は成立。そうなると奥さんは旦那さんがやってくるのをただただ待たなければならなくなって、旦那さんはいくらでも待たせることができてしまいます。

法律でしばられることがないのだから、気持ちが冷めてしまえば結婚も解消になってしまいます。

そんな事情から、男性も女性も結婚に対する思いは強かったのだと想像できます。

藤原敏行朝臣は、このうたで女性の気持ちでうたを詠んだとされています。

女性ではないのだから、男性の、こんな女性がいたら、、、という気持ちがあるのではないかと思います。

女性側の待つ身で書かれているのだと思います。

現代の女性なら、そんなの待っていられない!と、行動に移しているでしょうから。

3 一字決まり 住の江/夢

このうたは「む」「す」「め」「ふ」「さ」「ほ」「せ」から始まる一字決まりのうたです。

それぞれ一首ずつしかありません。

百人一首のかるたでは、まずこの一字決まりのうたを覚えていくのが近道です。

全くの初心者でも、まずは7枚取れることになります。

まずは7枚に挑戦!です。

4 覚え方

ゆめみる すみちゃん

すみの ゆめ