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小倉山/今 貞信公

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1 通釈

小倉山峰のもみぢ葉心あらば 今一度の行幸待たなむ

→小倉山の峰のもみじよ、もしもお前に物の趣を理解する心があるのなら、もう一度の行幸があるまで(散らずに)待っていてほしい。

2 定家も見ていた紅葉の美しさ

作者の貞信公(ていしんこう)←しごうと呼ばれる死後の名前。本名藤原忠平(ふじわらのただひら)は880年生まれで949年に69歳で亡くなりました。

父が藤原基経(ふじわらのもとつね 初代関白)で兄、藤原時平、仲平と三人で三平と呼ばれていました。

日記「貞信公記」は貴族の生活を記録した、貴重な資料になっています。

宇多天皇が息子の醍醐天皇に譲位して法皇になったときに、小倉山の紅葉にとても感動して、

「この景色のすばらしさを、現天皇(醍醐天皇)にもお見せしてさしあげたい!」

と、忠平が申しあげ、そのついでにこのうたを詠んだとされています。

このことがあった翌日に、醍醐天皇の行幸が早速行われたそうです。

行幸(みゆき)とは、天皇が外出することを言います。

紅葉の時期になりました。わたしの住んでいるところでも、高い山の峰のほうから赤や黄色の木々が目立つようになってきました。

紅葉は日中と夜間の気温差が大きくなるとどんどん進んでいきます。

平安の人々も、景色の移り変わりを今の私たち以上に敏感に感じ取っていました。

同じ景色を見せてあげたい!となったら、一刻も早くという気持ちだったのでしょう。

百人一首の編さんに関わった定家も、小倉山の近くに住んでいたので、同じ景色に賛同していたことでしょう。

3 二字決まり おぐら/いま

「お」から始まるうたで、「おぐ」はこのうただけです。

4 覚え方

おぐらのみゆき

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